始めた理由はなんとなく。夜中、Uberで配達をしているとき、服部緑地にある「乗馬体験」の文字が目に入ったから。その日のうちに体験乗馬を予約して次の日には馬に乗っていた。
初めて乗る自分よりも大きな生き物。視点が高くて気持ち良い。まだ桜は咲く前。先生に教わったとおりに足で馬のおなかを蹴ると大きな体が動き出した。そのままサークル状になったスペースをパカパカ走ってくれて手綱を引くとぴたりと止まった。
止まったあとは「言うことをきいてくれてありがとう」という意味で首をぽんぽんと叩く。馬は「どういたしまして」という感じで鼻をブルルと震わせていた。
この瞬間に「あ。人生の目標、馬術かもしれない」と思った。
体験乗馬にたどり着くまで
ということで、うつ病で休職からの退職を繰り返した今、無職(Uber配達員)をして生活をしている29歳。会社員として働くことは諦めた。
昨年の夏、かなりの大手企業に就職が決まった。年収500万円。うつ病を患って休職した当時から付き合っていた彼女もかなり安心してくれて「よし、これで結婚できる!」と思っていたのもつかの間、適応障害/軽いうつが再発。復活しそうでできない体調、うつ病再発の波に「いつまで続くんだろと思ってしまった。」と彼女は言い別れることになった。結局、やっとの転職活動で決まった大手企業も退職することになった。
そうして私は実家に戻って療養に集中することになった。
それが昨年の夏。色々なショックで家にこもりきりになり秋がきて冬が来た。恋人をなくした他にも愛車のMazda3を手放したり趣味の釣りをやめたり色々あった。お金が使えないのでゲームをして日が暮れるのを待つだけの日々。薬がなければ眠れないので、別に昼も夜も関係なく、昼ごはんは素のパスタ・夜は適当なごはん。1時ごろにゲームに飽きて眠り13時頃に起きる。起きたら芸人の深夜ラジオを聞きながらゲームをして時間がすぎるのを待つ。そんな生活。(時間が過ぎても何もないのだけど。)
夏が過ぎて秋も過ぎて、冬も普通に過ぎていった。気づけば姉は出産して叔父になっていた。赤ん坊はかわいいしなんか懐いてくれている。しかし、自分の生活は何も変わらず季節は春になった。無職になって泥のような生活をしているだけで四季が過ぎた。比較的長めに貰えていた失業手当もなくなってしまってついに働くしかなくなった。この1年で増えたものといえば、療養中に「なにか変えないと!」という焦りで始めた一眼レフカメラと原付バイク・金色に染めた髪だけで、他のたくさんのものが私の元を去っていった。
春と同時に訪れた経済危機。必要なのは月に3万円。母に「家に入れろ」と言われた3万円。これはまずい。メンタルは少しずつ回復していたがなんといっても朝起きられないので、シフトの仕事は無理そう。ということでUber配達員をやってみることにした。療養中になんかはじめてみるか?という勢いでメルカリで買ったボロい原付(6万円)だけは手元にあったので、Uberリュックだけネットで買って始めた。
いつも日が暮れてからバイクのエンジンを掛けて街に出ていた。夜は道も空いていて人も少なくとても走りやすかった。夜の街は私を正そうとしない感じがして、バイクで走るのは大好きだった。それでお金がもらえるなんて夢のようだった。仕事を失ってから1年経ち、ようやく月に3万円稼げるようになった。
そうして、夜中の街を月3万円分だけ走るようになってから数ヶ月。収入が増えたりはせず貯金はゼロ行進で日々を過ごしていた。生活費のためというよりUberが外に出る理由になっていた。気分転換にちょうどよく、それでお金がもらえるのであればサイコーである。そんなある夜、大阪の豊中駅から千里中央に配達をしていたところ、服部緑地という公園の近くを通った。そこで「乗馬体験いつでもどうぞ!」という看板が目についた。夜の暗い道の中で照らされていたその看板がやけに目についた。
その晩、配達中はずっと「乗馬かぁ・・・」と考えていた。ケンタッキーにチキンを取りに行くときにも「乗馬…」、バーガーキングでバーガーを待っている間も「乗馬…!?」、171号線で黒い軽自動車に煽られているときにも「乗馬…乗馬かぁ。」とずっと頭に浮かんでくるようになった。
あまりに気になっていたので、深夜に配達を終えてベッドに潜り込んだあと「乗馬体験 大阪」と調べるといくつかの乗馬クラブが表示された。そのうち、家から近くてネット予約が出来るところで体験予約をした。料金は1時間で4000円。月3万の稼ぎからするとかなりの大金だが、直感を信じて予約してみることにした。
体験乗馬に行く
翌朝、見慣れない番号からの着信で目が覚めた。翌朝と言っても12時。乗馬クラブの体験は15時からで、まだ乗馬クラブの時間には余裕があった。知らない番号からの電話はすぐに出ず、繰り返しでかかってきたり緊急性があるようなら出る、というカスのスタンスの私はいつものようにすぐに出なかった。しかしその番号からの着信が止まらない。4回目にしてついに出ると、予約した乗馬クラブだった。
電話に出ると焦った口調の女性から「乗馬クラブへのバスのご案内を…!」と伝えられる。予約が15時でもバスは1時間前に乗る必要があり、その説明のため連絡をたくさんしてくれていたようだ。確かに、乗馬クラブは僻地にある上に、マイクロバスも自分で予約していた。バスの乗り方を知らないのはかなりヤバな状況であった。乗り場と時間を教わって電話を切る。本当にごめんなさい。
マイクロバスにのって乗馬クラブにつくと恰幅の良いおじさんが出迎えてくれた。「バスのこと知らへんのに電話も繋がらへんしどうしようかと思った」と言っていて「寝てました」とは言えず、ひたすらに「ごめんなさい」と言った。乗馬クラブにいる人は妙齢の方が多いような感じで駐車場に停まっている車も高級外車が多い。そして平日の昼間にも関わらず広い駐車場が一杯で、第二駐車場まで車で埋め尽くされていた。私のような世捨て人()だけではなく、時間とお金に余裕のあるマダムがたくさん…というような感じ。
多少の場違い感を感じながらも謝罪が完了し、おじさんからはまず馬術の説明を受ける。謝罪から始めるのは最悪だ。志村けんは言っていた。「遅刻すると1日が謝罪から始まるので、俺は絶対遅刻しない」。そんな言葉を思い出しながら、説明用の動画をタブレットで見せてもらう間に、4000円を払う。4000円だと聞いていたら保険と道具のレンタルで計6000円だった。所持金がなくなるが焦りは見せない。焦っていたら場違いなので。焦りを隠しながらヘルメットやブーツ・ベストをレンタルし、装着する。泥のような生活で痩せた(もともとガリガリ)ので「細くてブーツが似合うなぁ!」とおじさんからは高評価。失ってばかりだと思っていたが馬術向きの体型を得ていたようだ。
そしてついに、馬たちがいる厩舎に向かう。階段を上がると牧場で嗅いだことのあるようなあの田舎の匂いが鼻をつく。そこらじゅうに馬のご飯っぽい干し草が積まれていて、遠くでは馬を洗っているマダムがいる。
「体験用の馬はこっちね!」とおじさんに先導されながら厩舎の間を歩いていく。大きな馬がたくさんつながれていてさながら車庫のようだった。比較的ちいさめの馬の前でおじさんが立ち止まると、ちいさい馬はおじさんに顔を近づけて話しかけているようだった。
「僕がきたらおやつくれるとおもってんんねん!」とおじさんは笑いながらにんじんをあげた。小さめの馬は美味しそうににんじんを頬張る(馬に頬はあまりない)。
「きみもあげてみ」とにんじんを受け取る。手を広げてにんじんを近づけると「フンフン」と温かい風を手に感じて、ちいさな馬がにんじんを持っていく。ポリポリと小気味よい音を鳴らしながらにんじんは食べられていった。もう心が通じ合っている感じがするが、どうだ。ちいさい馬はおじさんのポケットをまさぐっていて、おじさん/にんじんに夢中で、全然通じ合ってなかった。とほほ。
おじさんが小さめの馬のロープを持ち運動場的なところへと連れて行く。「馬の後ろ立ったら蹴られて死ぬでえ!」と言われ馬の前にいることを決意。馬は引っ張っているおじさんの少し後ろをついて歩いていく。馬の運動場はふかふかの土でできていて、白い塩ビパイプで作った柵が小さな円形をつくっていた。その中の一つに小さめの馬とおじさんと金髪のわたしでてくてくと歩いていき、おじさんが立ち止まる。小さめの馬もおじさんに合わせてぴたりと止まった。馬、えらすぎる。
止まった馬を撫でながらおじさんがプラスチックの小さい階段を持ってきて馬のそばに置く。その階段を登りおじさんが馬に乗った!この人乗馬している!すご!と思ったのもつかの間、「ちょっと走ってみますね〜」と言うと馬が走り出した!おじさんすごい!そのまま円形のわくの中をおじさんと馬が軽快に走る。何周か走っているところを円の真ん中から見ていると少し目が回る。馬の上でもおじさんの体はあまり揺れていなくて、なんとなく乗馬スキルを感じる。
そしてついに「ほな乗ってみましょか〜」と言いながらおじさんは馬を止め、スタッと降りた。例の階段が自分の前に来る。馬の手綱とたてがみを左手で持ち、鐙(あぶみ)という馬の鞍についたステップに左足をかけ、右足を大きく上げて馬にまたがった。人生で初めて馬の背中に乗った。小さめの馬だと思っていたが、馬の背に座ると想像よりもゴツゴツしていて、視点も高い。おじさんはこちらを見上げていて、私も下を見ようとしないとおじさんは目に入らない。それくらいの位置に座っている。
馬のたてがみは、例えるならパーマやブリーチでダメージが入った髪の毛。バサバサという感じだが、その他の短い毛はつやつやとしている。春ということもあり触ると冬毛が少し抜ける。馬の首筋を触ると、生き物とは思えないような感触だが、ほのかに手袋越しに体温が伝わってきて、生き物なのだと実感する。少し馬の背に乗って観察をしていると、馬は退屈したのか眠たそうに首を下げ目を閉じてしまった。おじさんが「おきろ〜」と言って手綱を引くと「( ゚д゚)ハッ!」という感じで首が上がった。かわいすぎか。
この人生、こういう感じで進んでいくんだろう。心の底からワクワクする新しいことはあまりなくて、インターネットやショート動画で見た「誰かの体験」を追体験して、「こういう感じね。」という感覚で生きていくのだ…と。
そう思っていたんだけど!!!!!!!!!!
乗馬!!!!楽しすぎる!!!!!!!!!
「生きている実感がありすぎる!!!!!!!!!!!!」
サイコーーーーーーーー!!!
馬の体温が伝わってくることも、馬に合図を出すと応えて走ったり止まったりしてくれること・馬のパカパカに連動してお尻に伝わる大きな突き上げ。馬の上で自分が体勢を崩すと馬も走らなくなってしまったりすることや、加速する馬とその上で感じる春の風。ブルルと鳴らす鼻やにんじんを催促するときの目や眠たいときの目。全部が誰かの追体験ではなく、自分の体の感覚と馬との連動で、「今」「自分だけが」体験できていることだった。
それがたまらなく嬉しい!!!足すごく疲れるけど、生きてる感がある!!!!!!
と思っているとすぐに体験乗馬の時間は終わってしまった。馬から降りると足がガクガクで歩きにくい。しかし、自分の合図で数百キロの生き物が動いてくれた満足感で心がいっぱいになっていた。
「自分がなにかをして、応えてもらえる」ということが社会を諦めた私にとっては久々のもので、とても尊い体験だった。大げさにいうと「1人の人間として受け入れます」と言ってくれたように感じたのだ。社会でうまくいかず、信頼していた人が離れていき、大切なものも手から離れていった私は、自分の無力感とこの一年過ごしていた。ゲームやラジオをして時間がすぎるのを待っている間にも「お前はなにも持っていないしこれからも持てない」と言われているような、そんな気がしていて夜にしか外に出なかった。昼間は「正しく成功した人」がたくさんいて、その人達と比べて自分の無力感を感じるからだ。
そんな私にとっては、馬との触れ合いで感じたその実感がとてつもなく胸に刺さり、抜けなくなるほど衝撃的なものだった。
今の社会ではたくさんの情報が流れてきて、好きなものまでも用意されてそれに従っただけ、というように感じてどこか空虚になりがちだ。
しかし、馬術はUber中にふと「やってみたいかも」と思い、体験まで来ることができた。
馬に乗ってみて、「あ。こんな色々考えることあるし、工夫の余地がこんなにあるのか。こんなに色々感じられるんだ。」と思って嬉しくて少し笑みがこぼれた。
「これは、人生の目標、馬術かもしれない」と足を震わせながら思ったのだ。
高すぎる入会金を見て固まっていると、おじさんがニヤリとして「実は…若いあなたの年齢だけ特別割引が…」とA4の紙を渡してきた。数十万円の会員費と比べると驚くほど安い。しかし、月3万円の稼ぎでは足りない。
どうする!月3万円男!!続く。

